今日のキャンプにまつわるお話



・・・・もういい加減じりじりしてきた所でさ、途中でオフロードバイクがバラバラになって人がうずくまってたっていう情報が入ってきたから、皆青くなってね、そこにようやく本人から携帯がかかってきたのさ。で、いったいどうしたのか聞いたら・・・パンクしたから修理しようとしていたんだけどタイヤが固くてはずせないんだよ、助けにきてくれー!とかいってやんの!」
「うぷぷぷぷっ」
「げらげらげら」

「しょうがないから高速を一旦降りるわけじゃない?料金所を出てUターンして、次の出口まで戻ってまた金を払って、またUターンして、それで現場に駆けつけるわけじゃん?」
「くくくくっ」
「道路公団のパトロールカーが止まっていたんだよな」
「そうそう。路側帯でパンク修理をするのは危険だからと車でガードしてくれてね、バイクは倒して、なるべく本線から遠ざかるようにタイヤとか工具とかも1列に並べてさ、まーあれは知らない人が見たらバラバラになってたって言うなぁ」
「わはははははっ」


「俺、こないだ伊豆の林道でパンクしてね・・」
「ふはははっ下手くそめー」
「いや、パンク自体はどうでもいいんだ。直して片付けて、さぁいくぞ!ってまたがったら、左の方に何か茶色い塊が見えたのさ、それでなに?って良く見たらウリ坊なのよ!」
「ウリ坊って・・・猪か!」
「そう。猪。それが2メートルくらいのところでフゴフゴしながら俺の事見上げててね、かわいいんだよ。すっごく。あんまりかわいいからバイクに跨ったまんま屈んでおいでおいでしたらさ・・・・ウリ坊の後ろが暗い茂みになっててね、そこになんかポコンと、汚い、てらてらした丸い物が浮かんでるのさ・・・」
「なにそれ?」
「最初、何かの顔に見えたんだよ。手のひらくらいの大きさの。でもそれ顔じゃないんだよ・・・」
「だからなによ?」
「ブタの鼻なんだ・・・でっかい・・・」
「ブ・・・親が!親がぁー!あらわれたー!」
ソファの上でひっくり返って笑い転げるN。
「はははははっ!」
「そっ。親が茂みの中から鼻先だけ出して、ものっすごい目で俺の事睨んでてよ!!バッと体を起すのとキックしてエンジンをかけるのとギヤ入れるのを同時にやってダッシュ!!」
スローモーションで身振りを交えて話すM。
「やめれー!はらいてー!!」
「それがかえって良くなかったんだよなー、ミラー見たら追っかけてきてんの!もう必死。サイドスタンドなんか走りながら払ったくらい!」(昔のバイクはサイドスタンド出し忘れ防止用キルスイッチなどついていなかった。)
「わははは・・・・」
仲間内で話すツーリング話は酒が入ってますます盛り上がってゆく。


「あー猪っていったら、昔Sと4日くらい房総から茨城のほう回ってさ・・」
「へー」
「今日はもう遅いからここにしようと言ってテントを張ったところが猪の通り道だったらしくてさ」
「え・・・・」
「でもほら、俺はあれだからテントのそばで爆竹でも鳴らないかぎり起きないじゃん?」
「う、うん・・・・・」
「Sが明け方テントの周りを猪が何頭かうろついているのに気がついて起きたけど、俺は隣のテントでグースカ寝ていて起きる気配も無いから、あいつ一人、猪がいつ暴れ出すかと恐ろしくて眠れなかったんだってさ・・・って、どうしたの?二人とも」
「・・・・tettおまえ、それって2年くらい前の話?」
「え?そうだけど・・・・・???」
友人二人は顔を見合わせる。
「ん?なに?なんかあったの?」
「あのよ・・・」
「いや、やめといたほうが・・・」
「でももう2年たってるし・・・」
本人の目の前でもめてどうするというのだ・・・?
「なんなの?Sになんかあったんか?」

Nが話し出す。
「あのな、Sが多分気を使って話さなかったんだと思うけどな、その話違うぞ。」
「は?」
「その『猪の場所』でおまえとキャンプした時にな、寝る前にSが小便しに行ったんだ」
「ふん・・・」
「暗くてよく見えないけど、やけにバチャバチャ硬い音がしたからヘッドランプを明るくして小便がかかっているところを照らしたんだと」
Nがキャンプの夜、頭に装着するヘッドランプのスイッチをいじくるしぐさをしながら話す。


ここからはS自身の話として進めよう。


「・・・・なんだ?」
茂みの中に放尿しているのに、硬い音がして跳ね返るのだ。ヘッドランプのスイッチをHiに切り替え、放尿したあたりを照らしてみてギョッとした。
小さな、首の無い地蔵が立っていたのだ。


「・・・・・まずい」
すぐに汲んであった水を全部使って地蔵を洗い、残っていた酒をかけて手を合わせる。
「ごめんなさい!ごめんなさい!暗くて見えなかったんです!すいません!」と小さくつぶやいた。ちらりとtettを見ると、彼は焚き火の前でうつらうつらと船を漕いでいる。
「これで何もなきゃいいんだけど・・・」


ガクンッと頭を落としたショックでtettが起きる。
「んあ・・・ねむー。だめっ!俺ぁもうねる。おやすみ」
そういいつつ彼は自分のテントに入っていった。
「おやすみ・・」
幸せなやっちゃ、こちとら少しばかり肝を冷やしていると言うのに。でもまあ変な感じもしてこないからなんとかなったか?俺も寝るか・・・



どことも知れぬ林道の行き止まりでキャンプをしたがるライダーなら、一度くらいは経験した事は無いだろうか?
真夜中に誰かがテントの周囲を歩いたような振動を感じて意識が急激に浮上し、目をつぶりながらも周囲に気取られないように呼吸を落ち着かせたり、ナイフをどこに置いたか思い出そうとしたり、そうこうするうちに頭は完全に覚醒して目を見開き、テントに映る影などを探すもののそれっきりなんの気配も無く、夢うつつの気のせいだったらしいと安心してまた眠ってしまう・・・
たいていは何事も無く朝を迎えるのだが。このタイプのキャンプは、行き当たりばったりでその日の停泊地を決めるのだから、土地の事情など知るはずも無い。だからもしかすると、村人から恐れられているような「夢うつつの気のせいではすまない場所」に当たる事もあるかも知れないのだ。

「・・・・?」
夏の朝は早い。明り無しでテントの中がようやく見えるくらいの頃、ふと目が覚めたSは腕時計を見た。
「まだ4時前・・・」
浮かした頭を静かに下ろしながら再び夢の世界へ入る。それから程なくして・・・
「ズシッ・・ズシッ・・」
誰かが外を歩いているのか振動が頭に伝わってくる。tettが起き出して小便にでも行ったのだろうか?
「ズシッ・・ズシッ・・ズシッ・・」
いつの間に外へ?彼のテントのファスナーはけっこう耳障りな音をたてるのだが?
足音は遠ざかったり近づいたりと、うろうろ歩き回っている。
・・・・・なんだ?何か探しているのか?
「ズシッ・・ズシッ・・ズシッ・・ズシッ・・ズシッ・・ズシッ・・」
しばらく迷走していた足音がSのテントの周りを歩き出す。
あいつは何をやってるんだ?何をグルグル俺のテントの周りをま・・・?
そこまで考えた時、ある事に気が付いてぱっと目が覚めた。


tettのいびきが隣のテントから聞こえる!


いびきは先刻からずっと聞こえていたのだ。
外を歩いているのは・・・・・・
足音が止らない。
昨夜ライトで照らした地蔵の首の断面を思い出す。
胸の辺りがきゅうっと痛み、側頭部やうなじが冷えてくる。
夜明けが近い。外を歩く何かのおぼろげな影がテントに映るほどに明るくなってきた。
Sのテントの足側は、低い位置に換気用のメッシュの窓がついていて、寝そべっていれば外の様子が見える。Sはその時、横に体を折り曲げて寝ていたので丁度顔の真正面に換気窓が見える形になっていた。


影がそこを通過した時に見えたものは・・・どろどろの脚半と足袋に草鞋を履いた、今の時代の人間とは思えない足だった。と、足が立ち止まる。


気づかれた・・・


Sの目は換気窓に張り付いたままになった。
ゆっくりと音もなく外の足がひざをつく様子が感じられる。
地面に手を着いたのが窓の端に見える。時代劇で見るような「甲」をつけた汚れた手に、Sは次に起こる事の想像がついて硬直する。
ゆっくり、ゆっくり、窓の上からばさばさに乾いて揺れる髪の毛が降りてきた。
「いやだいやだ!見たくない!目なんか合わせたくない!やめろー!」
そんな気持ちとは反対に目が大きく見開き、身じろぎ一つできない。
テントの小さな換気窓から見える世界が髪の毛に黒くふさがれる。そうして男の顔が・・・
白目が血で赤黒く染まり、目全体が黒目のようになった顔がのぞき込んだ。


「はーっくしょん!!をぉぉー」


突然隣のテントから聞こえてきたくしゃみでSはぎゃっと飛び上がった。
チャーともキャーともつかない甲高い音を立ててテントのファスナーを開け、tettが外に出る音が聞こえる。
まずい!今出ると大変な事に!と慌てたSが再び換気窓を見た時には・・・もう誰もいなかった。


・・・・・というわけだとさ」
「まぢ?そんな話だったの・・・・!」
「おまえのその霊感の無さがほんとうらやましくて腹がたったとよ、『無いにも程がある!』って」
「思い出した。あの時、妙にげっそりした顔で起きてきて朝からぐったりしてたよ。そのくせ早く出発しようとせかされたんだったな」
「Sがな、後で調べたんだと。そうしたら江戸時代に一揆があったとかであの辺り一帯が戦場だったんだそうだ。・・・で、地元のお年寄りが『あそこは夜に入ってはならん』と言い伝えるほどの場所だったってさ」

と、そういう事もあった「ようだ」。俺は当事者の一人でありながらぜんっぜんわからなかったよ♪・・・・・霊感がないというのは、幸せだよな?